ドローンの事故を防止する「マニュアル操縦」

はじめに

こんにちは、中村一徳です。埼玉県の秩父地方でUAV操縦の代行や機体の製作、プロパイロットの育成、企業向けUAV導入コンサルティングなどを行っています。

私たちプロパイロットは、通常ドローンのことを無人航空機を意味するUAV(Unmanned Aerial Vehicle)と呼んでいます。しかし、一般的にはドローンと広く認知されていることから、この記事でも分かりやすいようドローンという呼び方を使っていきます。

今回は、ドローンの仕事で必須の「マニュアル操縦」について取り上げてみます。どのように「マニュアル操縦」を仕事で役立てるのか、どのように「マニュアル操縦」を学べばよいのかをお話します。

ドローンの仕事は危険が9割

ドローンの事故を防止する「マニュアル操縦」
プロの現場は電波障害や視覚的環境、天候の影響など、パイロットにスキルを要求するケースが多い。いかなる状況でも安全かつ正確に作業ができるのがプロパイロットである。

ドローンで仕事をする現場は、山や建物が遮ってGNSS(GPSなどの衛星測位システムの総称)の情報が入らなかったり、太陽フレアで電波が切れたり、突風で機体が流されたりすることが多々あります。ドローンで使われる電波や飛行環境、気象状況に詳しくないと、墜落・事故を起こしてしまいます。

電波に詳しくないと危険

以下のような場所でドローンを操縦する際は、操縦用の電波とGNSS用の電波(測位情報)に悪影響があるため、細心の注意が必要となります。
・高圧線など送電線の鉄塔付近
・橋の下や裏側
・パラボラアンテナ付近
・電子レンジ付近(特に動作時)
・高速道路の上空
・鉄道、架線の上級
これらは一部ですが、ほかにもお祭りや花火大会、イベント会場など、たくさんの人が集まり、Wi-Fiが飛び交っている場所も注意が必要です。

一般的にドローンは、衛星から送られる電波を受信して機体の位置情報を測り、飛行中の機体の安定を保っています。この衛星のことをGNSS(全世界測位システム)と言います。GNSSには、米国のGPSや欧州のGALILEO、ロシアのGLONASSなど、いろいろと種類があります。

しかし、GNSSに頼る飛行は不安定になることが多々あります。それは、時間によって機体が受信できる衛星の信号数や強弱が変わるためです。というのもGNSSは衛星を利用しており、常に地球の周りを移動しているからです。

また、場所によっては簡単に信号が切れてしまいます。建物内はもちろん、その付近や山の中、谷間や渓谷などの高低差がある所では、GNSSの情報がほとんど入りません。なぜなら衛星の信号は直線的に飛んでくるためです。他にも原因として降雨や太陽フレアなどの影響もあります。こうした環境による影響を熟知していないと、簡単に墜落や事故を起こしてしまいます。

例えば、飛行中にGNSSの信号が切れると、経験の少ないドローン操縦者は「あれ、急にノーコンになった!」とパニックを起こします。実際はノー・コントロール状態ではなく、ただ電波が切れてアシストが効かなくなっただけなので、操縦はできます。その場合、「マニュアル(手動)操縦」でホバリングや移動、旋回ができれば問題はありません。しかし、普段から機体の性能や飛行アシスト機能に頼って飛ばしていると、いざというときに「マニュアル操縦」ができません。近年、「ドローン墜落」というニュースがあちこちで見聞きされますが、その理由の一つが電波の知識不足です。

飛行環境に詳しくないと危険

以下のような場所は、飛行中の機体が見にくくなるため、操縦時は細心の注意が必要です。
・背景が機体と同系色
・太陽など光源の方向
・送電線の近く
・煙や霧が発生している
・鳥の群れが飛んでいる
これらは一部ですが、どんな状況だと機体が見づらいか熟知せず飛行させると、非常に危険です。

飛行中の機体が見えなくなると、経験の少ないドローン操縦者は「あれ、機体が消えてしまった!」とパニックを起こします。その結果、操縦を誤り、墜落や事故を起こしてしまいます。機体が視認できなくなったときの場合の対処法は、何通りかありますが、手っ取り早いのは機体を空高く上昇させることです。上空なら障害物が少なく、機体を発見しやすくなるからです。しかし、飛行環境のことを熟知していないうちは、屋外での飛行は避けたほうがよいでしょう

気象状況に詳しくないと危険

空中は気流の変化が激しいため、ドローンの操縦時は細心の注意が必要です。ドローンを操縦していると、機体が突風に煽られることがよくあります。そのとき、屋外での練習が足りない操縦者はパニックを起こします。私は慣れているので、風速が7~8m/秒くらいなら仕事を遂行します。しかし、慣れていない方は、風速5m/秒以上の場合、「飛ばさない」という判断をした方がよいでしょう。また、気温が高いか低いかによっても、ローターの回転数や揚力、バッテリーの持ち(飛行可能時間)に影響を与えます。こうした気象の変化に熟知していないと、突発的な空の変化に対処できず、墜落・事故を起こしてしまいます。

危険を回避するための
「マニュアル操縦」

ドローンの事故を防止する「マニュアル操縦」
測位信号による飛行アシスト機能に頼った飛行だけしかできないのであれば、現場に出ることは難しい。マニュアル操縦の技術は必須事項。

ドローンで仕事をするなら、「マニュアル操縦」ができないといけません。ここで言う「マニュアル操縦」とは、ドローンの飛行中にいきなりGNSSの電波が切れても、機体が背景に紛れて見えなくなっても、突風に煽られたりしても、冷静かつ安全に手動で操縦ができることです。現場では何が起こるか分かりません。何か起こったときに、どれだけ自分の操縦で対処ができるかが私たちパイロットには求めらています。不測の事態の対処能力は、普段から機体の安全装置に頼って飛ばしていると身につきません。「マニュアル操縦」の地道な練習が大切です。

「マニュアル操縦」実例

それでは、普段私がやっているドローンの仕事の中から、「物資輸送」「ダム撮影」「橋梁点検」を例に挙げ、現場で「マニュアル操縦」がどう活用されているか見ていきましょう。

物資輸送

ドローンの事故を防止する「マニュアル操縦」
ドローンの事故を防止する「マニュアル操縦」
長いロープの先に荷物を下げて飛行する場合に振り子現象が起きやすく、操縦でリカバリーせざるを得ない状況も発生するため、経験と操縦技術が欠かせない。

ドローンで物資輸送をするとき、数メートルのワイヤーに荷物を吊り下げて運ぶことがあります。機体が着陸できない現場では、荷物を落下させなければなりません。その際、荷物に衝撃を与えないよう、長めのワイヤーで地面にゆっくり降ろします。

ワイヤーが長い場合、風が吹くと荷物が大きく揺れてしまい危険です。その揺れで、飛行中の機体も不安定になります。こういうときは機体の重心を平行に保つ飛行が求められます。

そこで私は、ミリ単位のスティック操作で機体の平行を保ちます。例えば荷物が右に傾いていたら、微妙に機体を左方向に動かします。振り子の原理のようなものなので、反対に蛇を打って、バランスを保ちます。これを常に前後・左右・斜めで行います。

このような「マニュアル操縦」は、習得までに年単位の練習が必要になります。普段からGNSSや各種センサーを切った状態で、屋内・屋外を卒なく飛ばす、それも機体が自分の手足のように操れるまで、ひたすら基礎練習を重ねなければなりません。熟練が必要な技術です。

そういうことからも、物資輸送は難しい仕事の一つです。現在、大手企業を中心にドローンによる物資輸送の実証実験(自動航行が中心)が繰り返されていますが、実用化できない理由は「マニュアル操縦」の重要性を理解していないことにあります。実際、私の地元の秩父地方でも、某大手企業が物資輸送の実証実験中に機体を墜落させています。こうした墜落がニュースになることはあまりありません。うまくいった実験結果ばかりメディアに取り上げられるため、「ドローンの物資輸送は簡単だ」という印象を持たれてしまいます。この間違った認識は、ドローンが免許制度になったことで、今後どんどん加速していくでしょう。「免許を持っている」というだけで、安易にドローンで物資輸送をする企業や個人が増えるはずだからです。

ダム撮影

ドローンの事故を防止する「マニュアル操縦」
ドローンの操縦で厄介なのが風。目視で判断しにくいため、上昇気流が発生するダムのような地形では柔軟に対応できる操縦テクニックが求められる。

よく「ダムは広いからドローンの撮影は簡単でしょう?」と言われることがありますが、大間違いです。ダムの地形や構造、気象条件などを熟知していないと、簡単に墜落や事故を起こします。例えば、上昇気流に機体が巻き込まれることはしょっちゅう発生します。ダムの撮影を安易に考えてはいけません。機体を落として取りに行き、ダム湖に落ち、溺れて亡くなった方もいます。

私は、国が管轄する独立行政法人「水資源機構」の契約パイロットとして、ダムの点検やダムカードの写真撮影などを任されています。私の場合、撮影時は被写体に機体をかなり近づけます。そうした撮影を安全かつ正確に行うには、「マニュアル操縦」が欠かせません。

例えば、ある撮影では1時間ほどの飛行中にGNSSが3回切れました。ダムは周りが斜面になっています。斜面に機体が近づくと、GNSSの電波がいきなり切れます。急に電波が切れても慌てず、飛行ルートを外れないよう操縦します。もし機体がガクッとなったら、もうその映像はクライアントに出せません。電波が切れても突風が吹いても、機体の姿勢を安定させながら飛ばす。そうした操縦は自動航行ではできません。

橋梁点検

ドローンの事故を防止する「マニュアル操縦」
橋梁点検では電波状況が怪しくなったり、橋梁構造によっては複雑に入り組んでいるため、飛行や点検作業には困難が伴う。

ドローンによる橋の点検も、やったことがない人は簡単そうに思うようですが、大間違いです。橋は高さがあるため、機体が遠ざかれば遠ざかるほど目視できなくなります。また、機体が橋に隠れてしまうため、GNSS信号がよく切れます。そうなると、機体は安定せずフラフラします。不安定なままグイッとスティックを動かすと、機体は壁に激突します。そうした状況の中で、機体を一定の速度に保ちながら、橋の壁や橋脚に沿って撮影していきます。橋を安全・正確に点検するのは非常に難しいことなのです。

さらに、橋の点検中は風の向きや強さを計算しながら操縦しなければなりません。橋の下では、橋の構造上、機体を巻き込むような風が吹きます。風を読まずに飛ばしていると、機体が壁にバーンとぶつかって落下し、水没します。何度もドローンで橋の点検をしている私でも、毎回ヒヤッとする瞬間があります。安全かつ正確に業務を行うには、風の流れを読みながら、機体が平行を保つように数ミリ単位のスティック操作をしなければなりません。橋の点検も、機体の自動飛行だけではできません。

「マニュアル操縦」をゲーム感覚でマスター
『UAVキャッチャー』イベント

ドローンの事故を防止する「マニュアル操縦」
「マニュアル操縦」をゲーム形式でマスターできる『UAVキャッチャー』。フリークスガレージでは定期的に開催して技術向上を目指している。

ドローンの「マニュアル操縦」は、年単位の習得期間がかかる、非常に難しいものです。そこでフリークスガレージでは、現場で使える「マニュアル操縦」を遊びながら習得できるよう、『UAVキャッチャー』という練習会を定期的に開いています。ここでは、先日開催された『UAVキャッチャー』の模様を通して、読者が「マニュアル操縦」を練習できるよう、そのポイントをお伝えします。

『UAVキャッチャー』とは?

ドローンの事故を防止する「マニュアル操縦」
遊びの中に様々な練習要素を取り入れたゲームが『UAVキャッチャー』。操縦者からの距離によって獲得リングの得点に差がつけられている。

『UAVキャッチャー』とは、機体にフックを付け、フィールドに散らばるリングをそのフックに引っ掛け、回収したリングの数に応じた点数を競うゲームです。リングの点数は、難易度によって変わります。遠いところは高く、近いところは低くなっています。ゲーム開始時は、各コースに2人の操縦者が立ち、同時に機体を飛ばします。機体をうまく操縦し、フックにリングを引っ掛けます。1回のフライト時間はバッテリー1本分(約15分)です。時間内にどのリングを何個回収し、どれだけ高得点を出せるかが、このゲームのカギです。

『UAVキャッチャー』で使う機体は「DJI Mini2」(「DJI Mini2 SE」や「DJI Mavic Mini」でも可)です。なぜ古い機種の「DJI Mini2」を使うのかというと、最新機と比べて機体のアシスト機能が少ないからです。アシスト機能に慣れてしまうと、“その機体”以外が飛ばせなくなります。例えるなら、自転車に乗るとき補助輪に慣れ過ぎると、補助輪なしでは乗れなくなるのと同じです。最初からアシスト機能のない機体で練習すると、悪い癖がつかない分、最短で「マニュアル操縦」がうまくなります。そのためフリークスガレージでは「DJI Mini2」を練習によく使います。

『UAVキャッチャー』の準備

ドローンの事故を防止する「マニュアル操縦」
針金を使って機体側のフックを製作し、ターゲットのリングはスポンジに刺して保持させておくと、フックして引き抜くのも容易になる。

『UAVキャッチャー』を始めるのは簡単です。まず、針金を用意してください。針金を30cmくらいの長さに切り、先端をフック状にします。釣り針のイメージです。この針金を機体の底の隙間に入れ、外れないように固定します。

それから、針金でリングを作ります。リングは、握りこぶしくらいの大きさでよく、十数個あれば十分でしょう。あとは、そのリングを立てられるよう、土台を作ります。リングを立てるには、画像のように、リングの下に針金の先が二本分来るようにして、その先端をスポンジに挿すとうまくいきます。

『UAVキャッチャー』のポイント

ドローンの事故を防止する「マニュアル操縦」
近いターゲットは目視で、遠くのものはFPVで狙う。状況に応じた臨機応変な目視とFPVの使い分けを体得する練習になる。

『UAVキャッチャー』で優勝するコツは、機体を目視で飛ばすところと、FPV(First Parson View:一人称視点)で飛ばすところをうまく使い分けることです。近いリングは機体を目で見ながら回収できます。しかし、遠いリングは機体が目で確認しづらいため、FPVで画面を見ながら回収します。このように遠近感に応じた操縦の切り替えも、現場では必要になります。

目視とFPVを切り替えるという操縦方法は、私がドローンでの撮影や点検、調査を行う際によく使っています。機体が対象物のそばに行くまでは肉眼で確認し、点検箇所まで来たらFPVに切り替える。そして、画面を見ながら細かく操縦し、点検していく。これは、すぐに現場で使えるノウハウです。現場で使える「マニュアル操縦」を楽しみながら習得できるのが『UAVキャッチャー』です。

ドローンの事故を防止する「マニュアル操縦」
ドローンの現場では助手とのチームワークが重要。様々な組み合わせを体験することは、柔軟な対応力を身につける訓練になる。

ドローンの仕事は、助手とのチームワークが重要です。FPVで操縦中のパイロットは画面に集中しています。そのため、周りの様子は助手が伝えなければなりません。助手は、「機体が今どこを飛んでいるか」「撮影対象物までの距離はどれくらいか」「危険は迫っていないか」「飛び始めてから何分経ったか」などを、声を出してパイロットに知らせます。ドローンの仕事は一人ではできません。信頼できる仲間と組めるかどうかも、安全かつ正確な仕事ができるかどうかを左右します。『UAVキャッチャー』では、参加者同士が様々にペアを組みながら、パイロットと助手を体験します。そうして、どんな人と組んでも大丈夫なように対応力を身につけていきます。

遊びながら練習するときに大切なこと

ドローンの事故を防止する「マニュアル操縦」
練習とはいえ、実際の現場で生かせる技術を重視。安全を脅かすような飛行技術は必要ない。

こういうドローンのイベントを開催すると、「やってはいけない飛行」をする人がいます。例えば、遠くの機体を自分のところに戻すとき、対面(機首が自分の方向を向く)で飛行させるようなことです。確かに対面で戻すと、いかにもドローン・パイロットになったような気がします。しかし、対面だとスティック操作が逆になり、操縦の難易度が上がります。また、不用意に機体の方向を回転させると向きが分からなくなり、操作を誤って建物にぶつけます。もし、これが農薬散布の仕事でラジコン・ヘリコプターを飛ばしているときだったら、ローター長が数メートルにもなるので、電線に引っかかって墜落します。

現場は安全・正確に業務を行うところで、自分の技術をひけらかすところではありません。派手なパフォーマンスもかっこいい飛行も必要ありません。その場その場で、もっとも安全な操縦方法を選択する。これが基本中の基本です。先ほどの例でいえば、対面で戻すのではなく、そのまま機体の後部を自分に向けて戻すのが安全です。フリークスガレージでやる練習は、遊んでいるように見えても必ず仕事を想定しています。現場で使えない危険な操縦は、それが癖にならないよう厳しく注意をしています。

終わりに

今回はドローンの仕事で必須の「マニュアル操縦」についてお話しました。現場では「マニュアル操縦」による柔軟な対応力が求められます。「マニュアル操縦」を楽しく学ぶには、『UAVキャッチャー』のような練習がお薦めです。ぜひ日々の参考にしてみてください。
実際の『UAVキャッチャー』の様子は、こちらからビデオで見られます。